真っ白な毛並。
美しい猫。
古い酒場の隅に置かれた、これまた古びたピアノの上がお気に入りの場所だった。
誰もがそこに猫がいるのを当たり前に思っていた。
新しい女を連れてやってきた若い男が、 猫嫌いの彼女のために白猫をどこかに追いやろうとしたときの大騒動は、 今でも酒場の語り草になっている。
一番高いC♯の音が出なくなったのはその時からだ。
人に慣れない猫だったが、週に一度だけ夜遅くに訪れる一人の男にだけは喉を鳴らして挨拶をした。
多くは語らない男だったが、時折瞳の奥で隠れた炎が燃えるようなところがあった。
事業家だということだったが、詩人だという噂もあった。
自らは名乗らない男のことを人々はマンディーと呼んだ。
男は微笑んで、猫のことをマンディーと呼んだ。
猫はピアノから降りて来て、男の足に頭をすりつけて甘えた。
毎週月曜日の夜に決まってやって来た男が、ある晩いつまでたっても来なかった。
その夜遅く、石畳の街を銀色の風のように駆け抜ける猫を見た者が何人もいる。
月の明るい晩だった。
一緒に暮らしていた女が死んだのだとか、 海を渡って去った女を追って男も船に乗ったのだとか、 しばらくいろんな話が飛び交ったが、はっきりはせず笑い話に消えた。
何日かして ボロボロになって戻って来た猫は、もうピアノの上には座らなかった。
酒場で働いていた気立ての良い無口な女が自分の部屋に連れて帰った。
それからは、その女の部屋の窓辺でずっと遠くを見ている。
ショートショート物語 作者 : マッシュ